2018年9月6日に北海道を震度7の地震が襲った。夜中に結構揺れたので目が覚めたが、テレビで状況を確認して、ちょっと大きい地震だったな位にしか思わなかった。だが、朝起きて停電しているのに気付く。
1階へ降りると両親が途方にくれている。母はご飯が炊けないと言い、当時まだ存命中だった父も、どうする?と不安そうに私に問い掛ける。取りあえず家にある有り合わせの物で朝食を済ませ、ラジオを付けた。するとあちこちで土砂崩れや火災が発生して、かなりの被害が出ていると報じていた。
当時家にはスマホが無かったのでラジオが唯一の情報源だった。電池切れを心配して私はすぐに電池を買いに電器店へ走ったが、全部売り切れだった。みんな考える事は一緒だ。

- 頼みの綱はラジオだけだ
家に帰り今度は浴槽に水を貯めた。まだ水は出ていたが、いつ断水するか分からなかったからだ。食料は、そこそこあるので、2~3日位は大丈夫だろう。冷蔵庫にも幾らか冷凍食品が・・・そうだ、電気が使えないんだった!空気と同じように電気があるのが、ごく当たり前のように思っていた事に気付かされた。
もう大半は諦めるしかない。アイスクリームを取り出し、溶けてしまう前に両親と3人で食べた。普段太るのであまり食べすぎないようにしていたが、この時ばかりは際限なく食べられた。ささやかな、ホッとする時間だった。
食べ終わると自分の部屋の座椅子に腰を下ろし、これからどうするか考えた。部屋は静かだ。いつもならBGM代わりにテレビを付けっぱなしにしているのだが、それも出来ない・・・まず何と言っても食料の確保だろう。それに電池を何とかしたい。町の様子も気になる。私はもう一度外に出る事にした。

- テレビを見られないのは寂しいと気付いた
コンビニへ行くと入り口に店員が2人、呼び込みのような事をしていた。「営業中でーす」と盛んに道行く人達に声を掛けている。こういう時でも営業してもらえるのはありがたい。
中はいつもと違い、暗い。ここでもやはり電池は売り切れだったが食料は豊富に置いてあった。適当に商品を選び、お金を払うが、もちろんカード類は使えない。現金のみの決済だ。店員が電卓を叩きながらお客の会計に忙しい。
会計を待つ間女性同士が話をしていた。「さっき自衛隊の方からもうすぐ大きな余震があるから気を付けろって連絡があったみたいよ」「私もなんか聞いた、どうしようね?」いや、自衛隊からそんな連絡なんて国民にする訳は無いと思った。こういう時はデマや誤情報が飛び交うものだ。後日その話はやはりデマだと分かったのだが。

- その情報が正しいかどうか慎重に見極めなければ・・・
あちこち回ったが結局電池は手に入らなかった。家へ帰り、両親に町での事を話すと、もうやる事は無くなった。ラジオから流れる情報を聞いて、ぼーっとしていた。やがて日が暮れ、部屋が暗くなってゆく。しかし照明は付けられない。電気の無い昔の人達の生活が忍ばれる。

- 暗い部屋にいると何も出来ない無力感に襲われた
小さな懐中電灯の灯りのもと、両親と冷たい夕食を済ませた私は部屋の窓から外を眺めた。もちろん当たりは真っ暗だ。懐中電灯を揺らしながら人が歩いている。これだけ暗いと、さぞかし星が綺麗に見えるだろう。
私も外へ出ようかと思ったのだが、何か不気味な感じがしてやめてしまった。後で聞いた話だが、やはり夜空の星が綺麗に見えたとの事だった。それを聞いて少し後悔した。
電気の復旧は、まだめどが立っていないとラジオで言っている。今日はもうテレビもネットも本も見られないので早めに床に付いた。真っ暗な天井を見上げ、この生活が後何日続くのかと、不安に思いながら目を閉じた。

- こんな素晴らしい夜空が見られたはずだが、同時に空しさも感じたはずだ